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うちのスタッフが一人やめることになったのだけど、よく持ったほうだなあと思う。
そもそも、ウェブに興味がある人間じゃなかったし、以前勤めていた会社も同じような理由でやめた方に思う。 最近OJTと言う単語を耳にする。仕事でトレーニングをする、まあ勤めながらそれを学べって話なんだろうけれど、この業界でそれをされると、著しくクオリティが低下するように思った。 休日とは何か?と言う定義になるのだけれど、やはり休みの日に普段の過ごし方を考えるべきだろうなと。 コードを書くのが苦手なら、コードを書き、デザインが苦手なら論理的なデザイン手法を学ぶとか。手法だけでも多少変わってくるように思う。 著名なクリエイタでさえ、いまだに書籍を手放さずに行動し、蓄積されている知識の裏づけを取る毎日なのだから、僕らのような平凡で何のとりえも無い人間は、その倍は何かをしないといけないな。
HONDAのX4と言うバイクを買った。
hayabusaにターボをつける為、何ヶ月か乗れなくなるので。 最初は車検の無い250ccにしようと思ったのだけれど、今更加速の遅いバイクに乗るのはストレスだし、通勤の時にストレス発散するので、多少は趣味によったバイクが良い。 んで、決算月だったのであれこれ数字を出したのだけど、悪くは無かった。 3月の震災の影響が顕著に出ているのは仕方ないとして、今後の方針や目標をしっかりとたてようと思えた。 会社にしてから数年が経過したけれど、自分なんかがよくやっているなあと思う反面、凄く大人になった箇所も多い。 しかし、あえて子供のままにしておく人格があるから、毎日壊れずに過ごせているのだろうと思う。 ジブリで泣けるとかね。
昨年から外部記憶装置として、メモを取るようにしている。
思いついたデザインの手法やコミュニケーションの伝達方法が多い。 学校では諸事情により不可能な教育方法や、脳の刺激の仕方が増えている。 スタッフのスキルアップの為にフラッシュ暗算式デザイン脳アップ術を考えた。 瞬時にそのデザインの良さ、悪さ、製作者の意図などを挙げていく。 持ち時間は30秒から初め、短くしていく。 次に、そのデザインを別のお題で出し、形状、装飾を変える。最後にそれらをシンプルに形成していく方法を文章にする。複数いる方が良い。 期待している効果は、感覚的にそのデザインの良さを受け取り、明確に伝える為に文章にする事。 論理的に受け取る事は人の脳は不可能だ。自分ではそう感じていても。 例えば、今までの経験にない、「歯を磨いたら虫歯が増える」と言われ、それを論理的に説明されても受け付けられないし、納得が出来ない。正しい説明を受け、理解をしていてもである。 そう考えると、今までの積み重ねが成長の妨げになる場合がある。 つまり、感覚的に受け取る技術はすでに持ちえているのに、経験が邪魔になる。といった結論。 多くの先駆者が「時間が無い中でしかアイデアは生まれない」と言う現象を口にする。 例えば、昨日から働き始めたクリエイタが同じように時間が無い状態で作業を進めても、アイデアは出ない可能性がある。単純に積み重ねであり、蓄積された知識と裏付けられた技術があっての事。 それらは数年、数十年掛かるのだけれど、少しでも早める事が出来るのが情報社会の現代。 慌しい状態の方が良いわけではなく、そう言った中でしか蓄積された情報を取り出せない事があるのだと認識している。 同様の状態を作り出す練習を積み重ねていく事で、アイデアが出る脳になっていく。と言う魂胆。 あとは技術をどうつけるかになる。一般的には仕事をしていても、スキルはあがらないのだから。 あがるのは、「自分は技術がついた」と思い込む脳だけだ。
日本のウェブデザイン事情はと言うと、正直情けないものが多くなってきていて、これも文化の違いなのかも知れないけれど、8割以上が二番煎じのデザインだったりする。
クリエイタの質は低下しているのに、技術だけはあがっていると言う面も考えると、この国にいたくないと思う事が多くなってきている。 海外だから良いと言うわけではないと思うのだけど、やっぱりもっとゆったりとした時間の中で仕事をしたいし、あわただしく時間が過ぎて行くのは嫌いではないのだけど、完成を考えると品と呼べるようなものではない。ゴミだ。 今うちで受けてる仕事の半分は、ほぼクライアントと打ち合わせを重ねて、お互いの意見を尊重しあい、最終的にそれがユーザにとって最適かどうかで判断する人間がいる。その中の一人が自分でもあるのだけど。 残りの半分はと言うと、クライアント主の仕事の進め方で、だったらいいなりになってくれる作業員を雇えば良いんじゃないか?と言うようなつまらない仕事だ。 多くの経営者が、つまらなくても儲かれば良い、と言うのだけど、大抵の場合がつまらない仕事は儲からない。手間だけがかかる。 クライアントと一緒になって進める仕事のメリットは、成果が出ると言う事。 勿論相手のリテラシが大切なのだけど、うちのような会社に頼んでくるクライアントは、ほとんどがデザインで問題解決をしたい人ばかりで、根本的な解決を求めているから、時間も費用も用意してくれている。 そうじゃないクライアントが駄目だと言う話じゃなくて、あんまりそういった意味不明な仕事をして、成果もあがらないように口出しをするクライアントとやってられない、と言う思いが強くなってきている。 来年位までにお金をためて、もうひとつビジネスとして成果があがる商売をし、やりたいと思えるデザインの仕事以外は断っていく事に決めた。 二年後から開始して、軌道にのるのが4年後だとすると、最低でも6年間は今と同じようにくだらない事を続けるのかと思うと鬱だけど。それが人生なのだろうなと。 やりたくない仕事=面倒くさい仕事ではなくて、こちらの意思を無視して上の決定なので~みたいなのをやめたいだけ。担当者に決定権が無い場合は論外。
今は良いデザインの定義が明確になり、それほど探したりしないけれど、毎日勉強中だった頃は、友人に声をかけ、「良さげなサイトがあったら教えて」とか、ひたすらリンク集を探すなどをしていた。
今はウェブサイトのリンク集は多くネット上にあって、その辺みてれば大丈夫みたいなノリがあるけれど、あれは一般的すぎて参考にならない。 デザインの学校で教えて4年になるが、ほぼ毎回思うのは自分でデザインの定義をしない生徒が多い。まだ勉強中なのだから、当たり前なのだろうけど、自分なりの定義ができなければ次のステップには進めない。 独学こそが学ぶ姿勢だと思うけれど、高い料金を支払い、講義を受けるのだからそれなりの代価を得ていると勘違いしてしまう。8割以上がそうなのだから、これは普通な現象なのだと認めざるを得ない。 残りの2割はと言うと、頑張る人と、来ない人になる。来ない人の心理は非常に分かるが、逆に分からないのが頑張る人だ。頑張れるのであれば、なぜ学校に来ているのかをいつか聞いてみたい。自分には無いセンスだから。
時間が経つのは誰でも早いと思うのだけど、ここ最近時間の流れに興味が無くなってしまった。
時間軸に興味が無いというよりも、目の前の納期だけに終われ、自身でたてているスケジュールがまったく意味をなさないケースが多い。 クライアントに振り回されっぱなしと言うのもあるが、断固たる決意で挑んでいた頃と比べると、より安定を求めているように思う。悪い事だとは思わないが、ストレスの日々である。 また、仕事により無くしてしまったプレイベートな時間が多く、本当に常に監視されているような気がしてならないので、今年は盆休みを定期更新しているクライアントには告げた。が、連絡は普通にきた。 日本でデザイン業として成功するには、本当に苦労が多いのが外国人と話すとわかる。 けれど、売れない時代を経験している身としては、今のお金が貰えるという状況だけでも満足でもある。 と言う葛藤により、現在どうにもならない精神状態だ。 まず引っ越す。今の自分を形成しているものを一度壊そうと思う。壊すは正しい言葉じゃないと思うが、成長するためには常に全てを捨てないと駄目な性格なのだ。と言う性格も直そうと思う。 まず、全て持ち物を捨てる。 引越し後から新しい自分を形成するために、過去の自信に満ち溢れていた、誰でも最初は持っていたパワーを取り戻すために、物理の本を読み、論理的な組み立てを行う日々を取り戻したい。 今は、誰かに操作されている毎日に思えてしかたがない。 自分の人生なのだから、好きに生きた方が良いのだ。
最近色々な事やものをあきらめているように思う。
三年位前までは、果敢に挑戦していたのに気づいたら生活する事が重要みたいな。そういう方向にシフトしちゃうと、自分の場合は落ち着いてきちゃってさっぱり駄目だ。 例えばデザインひとつとっても、徹底的に比率計算していっても、それが使い勝手が良いのかとか、お客商売だからと思っちゃうと駄目。建築物こそデザインが完成されていると思えるし、なんか刺激が欲しくコルビジェのDVDを買った。 ウェブデザインを始めてある程度時間が経ったし、尊敬できる人や目指している人なんかもいたはずなのに、何だかさっぱりぱっとしなくなっている。駄目だー、と言うわけで今年も残りすくないけど、多少は創作していこうと思う。
無料版は広告が出るようになったね。キーワードであれこれ変わるターゲティング型だけど、これは本当に意味が無い。あいまい検索のように、他のキーワードを出すのであれば別だが。認知の問題だし、キーワードの出し方次第でもあるけど、基本的にユーザはPRが目に入らないような構造を作り始めている。
と言う事は何を出せば良いのかと言う部分を考えればよい。 検索ワードや、観覧履歴等から表示する内容を変えるのだけど、パソコンがパーソナルであることが前提で、家族での使用を限定していない。また、この手の広告は著しくステイタスを低下させる。 コンテンツに全く関係の無い広告が出るのだから、ユーザにとっては満足度が低下し、さらには不快感を覚える場合もある。 以前教育関係のウェブサイトを観覧した後、動画サイトを見ていたら、アダルト広告の真下に学校名が表示されていた。アダルト的表現のキーワードを入れていたわけではなく、あいまいな単語によって、アダルトであると判断されてしまったケースである。また、動画と言うキーワードで、アダルトなコンテンツを出してしまう広告主もいるのだから、クライアントにとっては分からない内にユーザを逃がしている場合が多い。
二回目の決算を迎えるわけで、三年目がスタートするのだけど、スタッフが増えてしまった事や、仕事が良く分からない方向に進みすぎたので、半年位前にリセットした。
本社と作業場をしっかりと切り分け、プロジェクト単位でスタッフを集める事にした。 たとえば、自社案件であれば、メインで自社のデザインをしていない人に集まってもらう。外からの視点が大切だから。 基本的には自分では手を動かさない方が進みは良いけれど、最近は不可能に近いので、自分でガリガリ進めている。 いろいろな葛藤があって、こういう仕事がしたいな、と思っていても思い通りには進まず、求められるのってデザイン性よりもディレクション能力だったりもしていて、本来はインタラクティブなエンタテイメントを作りたいなとか思っているが、そこまでのビジネスモデルは求められない事が多い。というジレンマがある。 けれど、お客さん的には喜んでいるから良いのかなと考えているが、他社との差別化を考えると、どこまで本気にデザインができるかとか、何か色々考えてしまう夜更けだったりする。 あと、どこの会社も社員が急にやめてしまったり、主戦力がいなくなる恐怖があるみたい。 うちには無いなー。やめたい人はやめたら良い。途中の案件だけ片付けてくれればいいと思う。そこには責任があると感じるから。 戻ってくる人も多くて、それも自由だろうなと思う。フランクかも知れないけど、挨拶とかそういう類のは厳しかったりする。 色々考えすぎて、意味不明だけれど、ようやく三年、五年の計画書が仕上がったので、頑張ってこーと思っとります。
SUZUKIと言うバイク屋は、何故か物すごく評判が悪い。
不景気の所為でバイクが売れないと思っているらしいが、そんな事はない。 売れに売れているバイクを見れば一目瞭然だ。売れないのは、企業が悪いのではなく、SUZUKIと看板を出している店舗の責任なんじゃないの?と、オートバイ歴16年の僕が思える出来ごとがあった。 SUZUKI社のGSX1300R隼を買って一年が経った。最初に購入した店は、整備もろくにせずに、整備費用をとって納期に間に合わずに納車となった。費用は掛かっても良いから、自宅に送って欲しいと言ったが対応して貰えずに、くそ忙しい中取りに行ったら、不備だらけだったと言う、なんとも残念な結果に終わり、初めてのSUZUKI車の評価が下がりそうだった。けれど、隼に乗ったら素敵なバイクだから、機械として素晴らしいと思えたので、チャラだ。 自宅近所で整備してくれる場所を探して、ネットで探して電話すると一件断られた。オフィシャルの名前を掲げていて、SUZUKIと看板も出しているが整備出来ない。これは仕方ない事で、車でも同じだ。 隼の整備が出来るバイク屋探しから始まったわけで、以外と近くにあったので良かった。 そこは様々なメーカのバイクを取り扱うが、一応SUZUKIの看板も出していて、電話の対応からすごく良かった。 「いつでも持ってきて下さい」と言われ、アポとっていくとすぐに見てくれた。けっこう忙しそうだったのだけど。 対応が良かったので全てを任せ、その人が良いと思う事は全て取り入れた。結果、酷いと思えた部分がすべて改善された。残念ながら事故に巻き込まれてそのバイクは無くなったので、新しいのを探したいと言うと、程度が良いバイクを探してくれた。ものすごい速さで見つけてくれた。 「乗れないの寂しいですよね、頑張って探します」と言う感じ。対応がよく、本音で話してくれたので、意外とおかねも使ってお得意さんになった感じがあった。 お得意さんって、最初の印象が良ければなるのだろうなと、特定の店にこだわらない僕が思え、引っ越した後もそこに出していた。 スタッフのSUZUKIの少し前の車種がバッテリ切れになり、バッテリを購入して取り付けたが、二週間くらいであがってしまった。多分充電されないのだろうと思い、充電しながら乗っていたが、それでも駄目だったので、上の対応の良かった店ではなく、近所のSUZUKIのバイク屋に電話したが、対応が最悪だった。 概ねどれくらいの規模の修理査定が必要かを聞いたが、「見なきゃわからない」と言う。 症状を細かく話しているのだから、このケースはどれくらいとか、それで終わらなければこれもしましょう、という提案がさっぱり無かったわけだ。 この場合「修理の方向を話し合って進めましょう」とか言われると、あっさり引く事が出来るのだが、途中でこの不景気に、何かなめてるんじゃないかねと思える感じで、「まあ、私は担当じゃないからわからないけど」と言う。しかも何か偉そうで上から目線である。まあ、主観だが。 考えてみると、TOYOTAもけっこうそういう評判があって、一度友人の付き添いでディーラへ行ったが、パンフレットさえ貰えなかった。HONDA~日本メーカ全て回って貰えなかったのはTOYOTAだけだった。 BMWはお茶が出なかったが、あれは「これは買わない客」と見破られていた感じだw 話を戻すと、SUZUKIと言うバイクメーカは一体どのような歴史があったのか、みたいな事を考えても、実は答えが出ず、消費者のスタイルを理解していないメーカにとって、今後のこの景気の悪い中で物を売ると言う事は、佐藤可士和レベルのアートディレクタを入れて、全てのイメージ戦略から、マーケティングまで見直さないといけないと思える。 例えば日産、MAZDAを見ると、店舗撤退の後にスタッフの対応が凄く変わった。リストラされると困る、この店を継続させたい、商品を売るんじゃなくって、サービスを売った延長に物が売れると言う考えにスイッチされたように思える。 ゴーン社長になった後の記事で「従業員のモチベーションをあなどってはいけない、彼らがやる気になれば何でもできる」的な事が書かれていた。その通りだ。 会社と言う組織は、概念でしかなく、人の集合、集落としてとらえればリーダがどうこうある前に、皆の態度の改善を行えない限り、集落の評価は変わらない。そして、今のこのネット社会で情報が簡単に取得出来るのだから、口コミの恐ろしさをわかるべきなんじゃないかなと思えた。 話をさらに戻すと、SUZUKIの店員は「うちに頼むんだったら、お客さんだけじゃないから」を連呼していて、最終的に「頼むにしてもやめるにしても、電話して下さい」と謎な事を言っていた。 これを聞いて「別に普通だろ」と文章から感じるだろうが、その時のニュアンスとしては「こっちは忙しいのだから、スケジュール埋めたいんだったらしっかり連絡をしてね」と言う意味ではなく、主導権を取りたいだけのように感じた。コミュニケーション不足なのだろうけれど。
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日々起きた事。
by doggy_kou | ||||